素人レンズ教室−番外編 その2
 
レンズの偉人たち仮想座談会(2) ジローの予感の巻

 
はるか : ジロー、おはよう。
ジロー : ああ、はるかか、おはよう。
はるか  :どうしたの?なにか元気ないわよ。
ジロー : わかる?なんとなく朝から変な胸騒ぎがするんだ。今日何か起こるんじゃないかって。
はるか : 大丈夫よ。いままでジローの勘って当たったことないから。
ジロー : 馬鹿にしてるな。でもいままでとはちょっと違った感覚なんだけど、、、、。
先生 : さあ授業始めますよ。今回は前回の続きだったわね。さあ、4階に行った、行った。
 
先生 : 今日はマシンは完璧でしょうね。子供たちに何かあったら困りますからね。
技術者 : 前回のバグは全部検証しておきましたよ。全く心配要りません。
先生 : それなら安心ね。では初めてください。設定は前回と同じで良いですから。
 
ジロー : おっ、またぼんやりと人影が見えてきたぞ。
はるか : でも、前回とちょっと違う人達みたいに見えるわよ。
ジロー : あっ、あれはペッツバール先生とルドルフ先生だ。ペッツバール先生!ルドルフ先生!
 
ルドルフ : おお、また会えたね。はるかちゃんも元気にしてたかな?ところで、あれからどのくらい年月が経ったのかね?
はるか : まだ1週間ですけど。
ルドルフ : なんと!こっちはたったの1週間かね。われわれの時代ではもう何年も経ってしまったよ。
        ご覧のとおり、ペッツバール先生はとっくに現役を引退してしまっているし、私もとっくに中年男だよ。


ジロー : ところで、今回はいろいろと前回と違った人たちが来てるようですけど?
ペッツバール : そうじゃ。もうフォクトレンダーには会いたくないから、置き去りにしてきた。
           その代りと言ってはなんだが、いろいろと引っ張ってきたぞ。
           彼らの特許の順番で少しレンズ進化の歴史を振り返ったらどうかと思ってのう。
はるか : うわー、楽しそう。

ルドルフ : ちょっとその前にレンズの開発史を簡単に概観してみよう。

 
 
ルドルフ : 始めは風景用と人物用と使用目的に合わせて進歩し、一時はその中間のレンズ、球形レンズなど4種類のレンズが存在した。
        最終的には一部の特殊レンズを除いて、画角も明るさも十分備えたより汎用的なレンズとなっていった様子がよくわかるだろう。


ペッツバール
 : おい、始めるぞ。まずは、「J.H.Dallmeyer」じゃ。彼は前回も顔を見せていたな。
           こいつはとにかく「物まね」がうまくてな。
           他人の発明をちょっといじって、まるでオリジナルのようにして商品化してしまう。まあ、ある意味では「天才」じゃな。


ダルメイヤー : 相変わらず、この爺さんは口が悪いな。そんなことはないですよ。
           たまたま、私が特許を取ると、同時期に似たようなアイデアが出てくるだけ。
           仮に他人の考えの応用だとしても、それでより良い改良に結びつくならば、立派な進化ですよ。
           ジロー君、はるかちゃんは日本人だからよく分かるよね。


はるか : ダルメイヤーさん、こんにちは。もちろんわかりますよ。じゃあ早くダルメイヤーさんの特許を紹介してください。

ダルメイヤー : そうだね。じゃあ、まずはこの特許から行こう。

 

 ダルメイヤー : これは、「風景用の3枚貼り合せ」のレンズで、1864年の特許(米1867年)だ。特許の中の文章を紹介するよ。

 
 
はるか : 説明ありがとうございます。

ジロー : このレンズって、何かに似ていない?え〜っと、そう、「Aplanatic Lens(Thomas Grubb 1857)」だよ。

ペッツバール : 確かにグラブ君のアプラナット・レンズもシュバリエさんの色消しレンズを「前後逆にして、メニスカスにした」改良型であるには
                    違いないのだが、かなり球面収差の改善があったと聞いておる。一方で、このレンズにはそれほど大きなメリットがあったのかのう。


ダルメイヤー : 大きなメリットがありますよ。ひとつはガラスと曲面の自由度が増えて球面・色収差がより補正可能になったこと。
                    そして表面の弱いフリント・ガラスを中央に持ってきたこと。


ペッツバール : それはそうなんじゃろうが、その割には、せっかくの貼り合せを離したほうが直線性が良いなどと始めから「歪曲が存在している」と
          認めているところや、最適なレンズ間距離は計算ではなく、実験で求めるところなど、ちょっとアバウトすぎるように思えるな。
 
ルドルフ : まっ、まあ次のを紹介してもらえますか?

ダルメイヤー : 次はこの「球面収差(ソフト量)可変の人物用レンズ」だ。1866年(米1867年)の特許のものだよ。

 
 
ダルメイヤー : これも特許の文書から、抜粋するよ。そうそう、上の図の下のレンズがペッツバールさんのレンズ、上のレンズが私の発明だよ。

 
 
はるか : 面白〜い。この時代からソフト量をコントロールできるレンズがあったんですね。

ペッツバール : (苦々しく)もう、単にわしのレンズの後群を逆にしただけだぞ。
            レンズの基本コンセプトは全くわしのレンズの盗作といってく良いくらいだがな。

ルドルフ : 確かに通常の使用では、ペッツバール先生のレンズとあまり性能の差は見られなかったと聞いてますよ。
        でも空気間隔の差によって球面収差が変化することを明確にしつつ、それを描写の味わいとして活用したというのは、
        ある意味「画期的」と言ってよいと思いますね。

先生 : 近代に何度か登場した可変ソフトレンズも原理はこのダルメイヤーさんのものとほぼ同じだと聞いています。
      また、空気をレンズ光学系の大きな要素として活用(空気レンズ)したのは初代ズミクロン50mmf2.0で有名ですし、
      もっと以前のGOERZ社の発明とも言われていますが、もしかするとこのダルメイヤーさんの発想がそのスタートなのかもしれないわね。

はるか : そういう意味では単にペッツバール先生のレンズの一部をひっくり返しただけ以上の意義があるのね。

ペッツバール : はるかちゃんまで、こいつの肩を持つのか、、、、。。
 
ダルメイヤー : じゃあ、次は自信作行きますよ。

 
 
ダルメイヤー : これは結構売れたレンズで、「ラピッド・レクチリニア」と言うんだ。
                    特許の画像は広角用に前群が大きくなったタイプだが、すぐに前後を同じ大きさにしたものも製作した。
                   「ラピッド・レクチリニア」というとどちらかといえば後者のタイプで明るさをf6-f8に明るくしたものを指すね。
                    じゃあ、特許の内容を説明するよ。


 

ジロー : かなり汎用性が高そうなレンズだね。

はるか : だからキングズレークさんの本に書いてあったように、60年間も製造されつづけたのね。

ルドルフ : このレンズが発明された1866年前後は風景用・人物用にいろいろな新しいレンズが開発された時期(上図参照)なんだが、
              画角・明るさともに中庸で、ジロー君が言うようにどのような被写体でも汎用性が高く、かなり使いやすいレンズだった。

シュタインハイル : ちょっと失礼。

ペッツバール : おう、おう、忘れておった。
                    今回はシュタインハイル君(Hugo Adolph Steinheil 1832-93)も連れてきておったんだ。
                    この「ラピッド・レクチリニア」とシュタインハイル君の「アプラナット」は、まったく同型のレンズで、一時期盗作騒動が
                    盛り上がっていたな。

シュタインハイル : 結果的には僕とサイデル君(Philipp Ludwig von Seidel 1821-96 ザイデルの5収差を規定した人)の発明した
                         アプラナットのほうがわずか数週間早かったようだが、その程度では盗作とは言えないね。まあ、独英の開発力は
                         当時は双方とも世界一だったということで、認めあっていますよ。



ルドルフ : じゃあ、せっかくですからシュタインハイルさんにも何か紹介してもらいたいですね。

シュタインハイル : 了解。それでは「アンチ・プラネット」にしましょう。

ルドルフ : このレンズは1866年前後に「アプラナット、ラピッド・レクチリニア」を始めとして、様々な銘レンズが開発された時期と、1890年前後に
             「アナスチグマット、トリプレット、ダブルガウス」など近代につながるレンズ群が発明された時期のちょうど「中間」の段階で開発された
              ものだね。
              当時の対称型レンズでは十分に解決されていなかった、被写体とフィルム面の結像距離の差による収差補正のずれを、
              非対称型で解決しようとしたものと言われているね。

シュタインハイル : 今回の紹介はその中でも「人物用のアンチ・プラネット」ですね。

ジロー : これ知ってる。結構「エルノスター」に似ているんだよね。
            それにこの凸-凹-凸の組み合わせは「トリプレット」にもそっくり。
            シュタインおじさん、残念だったね。もう少しこの形を研究すれば、きっと「近代レンズの父」なんて呼ばれていたかもしれないのにね〜。
            ねえ、はるか。

はるか : そんなこと言ったら失礼じゃないの。

シュタインハイル (うるさいガキたちだ!)

 
 


はるか
: なるほど、アプラナット系のレンズの対称形という特性を否定するところから入っているんですね。
            でもあくまで2群構成という考え方なんだ。
            トリプレットも凸の持つ屈折率・収差特性を逆の特性を持つ凹レンズで打ち消していくという基本的発想はこのレンズと似ているみたい
            ですけど、むしろ一方のパワー(通常は凹レンズ)を他方のパワーで挟み込むといった感じがします。

ジロー : シュタインおじさん、もうちょっと、惜しいね!
シュタインハイル : (ムッ)

ジロー : ここまでいろんなレンズの特徴を紹介したもらったけど、どれも球面収差と色収差についてしか言及していないけど、どうしてなんだろう?

はるか : そう言われればジローの言う通りね。でも像面の平坦性は出てくるわね。
       非点収差とか、コマ収差には触れられてないわ。現代では、昔のレンズで撮影した画像の特性としては、球面収差による滲みと
       非点収差やコマ収差による周辺のぐるぐるが大きな要素として取り上げられるのに変ね?

ルドルフ : ははは、当然だよ。今みんなが使っている収差の名前はさっき登場したシュタインハイルさんの共同研究者のザイデル博士が1850年代に
        まとめたものなんだ。一般に普及するには少し時間がかかったので、これまでの時代のレンズでは収差の定義が特定されていなかった
        んだ。それに、始めにレンズ発明の図を見せたけど、初期のレンズは広角の風景用と人物用に分かれていて、前者は画面は広いけど、
        とっても暗いレンズ、後者は明るいけど画角がとても狭い、ということで、画面周辺に特有な収差の補正が本当に必要になってくるのは、
        正に私のアナスティグマット以降なんだ。

ジロー : ほほう!さすが僕が尊敬するルドルフ先生だ。
       (ルドルフに飛びつこうとする)

先生 : あっ、ジローこの人たちに触ったら、ダメ!!

(全てのライトが消え、真っ暗になる)


先生 : みんな、動かないで。はるかちゃん大丈夫?
はるか : はい、大丈夫です。
技術者 : 補助電源に切り替えます。

(ライト点灯

はるか : あ〜良かった。どうなることかと思ったわ。ねっジロー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

はるか : ジロー、ジロー!
       先生!ジローがいない!

先生 : (技術者のほうを振り返りながら)まさか?
技術者 : ・・・・・可能性はあります。
はるか : (泣きながら)ジローが行っちゃった・・・・・・・・。どこに行ったの、ジロー?